起床
起床後、ホテルで朝食をとる。
出されたパンは一昨日の朝に寄った行列のできるパン屋から調達しているらしい。
思わぬ形で遠くから眺めていたあの巨大なナンが食べられる事になった。
白胡麻が入っていて香ばしく、シンプルで飽きがこなそうな味だ。
卵はどうやって作るのか不思議な焼き方だった。
スクランブルエッグのようにほぐす訳でもないし、オムレツのように丸める訳でもない。
はたまた目玉焼きのように溶かずにそのまま焼くでもない。
溶いた卵を多めの油の上で薄く焼いたようなものだった。
案外採らない作り方に思える。
何故そうしないのだと言われると数秒考え込んでしまいそうだ。
銀行へ
今日はまず銀行に向かわなければならなくなった。
明日以降の旅程の為に旅行代理店で長距離バスとホテルを手配してもらったのだけど、
代金は銀行振り込みでしか受け付けていないらしいのだ。
そういう訳で最寄りの銀行に向かうべくBRTというものに乗ってみる事にした。
BRTというのは路面にあるプラットフォームの駅に発着するバスの事だ。
メトロと共通のezアクセスカードをプラットフォームの機械にかざして乗車する。
プラットフォーム側から見るとこんな具合になる。
必ずしもこんな風にアクリルで覆われている訳ではないけれど、とにかく車道のホームらしくできたところから乗車するようになっているのだ。
行きたい方角のBRTに乗車し、そろそろ違う方角へ行きたくなったところで降車した。
そこで別の方角へのBRTに乗り換えようとしたところ、なんだか気になる建物が目に入った。
この建物の前では物々しい様子で機関銃を持った警察が10人近く道路に向かって配備されていた。
一体何の重要施設だろうかと思ったが、間近に近づいて確認してみるとただの市立劇場である事が判った。
建物自体もそうだがタイルの模様も美しい。
天井をぐるりと囲んで並ぶひし形のラインが柱となって床に伸びていく立体的なデザインが神秘的なタイルの柄と相まって神聖な場所のように思える。
流石は芸術性の高いペルシャ文化の国だ。
これだけ見てしまった後はまた向かいの道路から別のBRTに乗車し、銀行の近くで降りた。
バスを降りて通りを渡ると公園があり、そこでは女性がリヤカーの荷台で赤や緑、黄色や土色といった沢山のスパイスを売っていた。
そこから少し歩くと目的の銀行はあった。
BANK PASAGAD
どこの銀行でもいい訳ではない。
持っているデビットカードの発行元の銀行であるBANK PASAGADのATMに来なければならなかったのだ。
ATMは英語表記にできるし、デビットカードのエージェントの女性がチャットでフォローしてくれたので振り込み自体は難なく済んだ。
振り込みの完了を旅行代理店にチャットで知らせる。
何でもチャットで済んで便利だ。
ボタンはペルシャ数字と1, 2, 3 といった普通の数字が両方表記されている。
これを書いていてふと思ったのだが、この普通の数字というのは一体何という数字と言えばいいものなのだろう。
ローマ数字はⅠ,Ⅱ, Ⅲであるし、何か他のものという事になる。
調べてみるとこれはアラビア数字であるらしい。
アラビア由来のものをこんなにも当たり前に、それも世界中で共通の文字として取り入れて生活しているとは予想外で、ちょっとした驚きを覚えた。
散策
振り込みも済んだ。
後は好きにすればいい。
しかし特段計画がある訳でもない。
という訳でひとまず銀行に歩いてくる道で気になったフルーツジュースの露天に立ち寄る事にした。
色々種類がある中、何か飲んだ事のないものを飲んでみる事にした。
気になったのは赤黒い色をしたものだったのだけど何のジュースかは分からないし、
そんな色の果物は棚には並んでいないようだった。
店頭の青年に聞いて見ると親切に翻訳アプリを使ったり、果物の写真を見せてくれたりした。
それでもそれが何であるか結局のところはよくわからなかった。
そこで小さなカップをくれてテイスティングまでさせてくれたので、その赤黒い何かのジュースを買う事に決めた。
このジュースはとても酸味が強く、果物というよりも割って飲むための梅干しジュースの原液を飲んでいるような味だった。
ちょっと飲む位なら何でもなかったのだけれど、ぐびぐびと飲み進めるのは難しい。
そこで持っていた水で2倍、3倍、と薄めていった。
4, 5倍希釈位でちょうど良い塩梅になった。
疲れた体にはこの強烈な酸味がとても心地が良い。
暑さの厳しい国では脱水症状にならないようにとこのイランの旅からは干し梅を持ち込み始めたのだけれど、
このジュースはそれに代わるものになるような気がする。
実際のところは分からないけれど、何故か塩気もあるから渇きや汗で失ったミネラルが補給されているような感覚になる。
その後、歩いていると歩行者用の信号機を見つけた。
どういう訳かテヘランでは(あるいはテヘランで自分の歩いた範囲では)歩行者用の信号を見かけない。
車道を走る車の間をどうにか縫うようにして無理矢理渡るという事ばかりを繰り返してきた。
あまりにも珍しいので写真を撮ってしまった。
人の姿が日本のものよりも丸みがあって柔らかく何となく漫画っぽく見える。
通りにはふと見るとカーペットショップがあった。
観光地以外の普通の店舗でどんな風に絨毯が売られているのかはあまり想像がつかなかったから新鮮だ。
ハンガーに吊るした絨毯というのもそう見るものではないから面白い。
こちらはヒジャブ(女性が頭に巻くスカーフ)のショップ。
カラフルなものも多くシャネル柄なんかも置かれているのが見える。
何だかんだで昼もとらずに午後三時近くになってしまった。
どこかにレストランはないかとひたすら歩いてみたのだがどこにも店がなく、唯一見かけたのはファストフード店だった。
イランを歩いていると食事をする事を忘れてしまう。
あまりレストランというものがなく、あるのはフルーツジュース屋ばかりな気がする。
基本的に店舗はファッションの店ばかりで飲食店の数が極端に少ないように思える。
そんな中、落ち着けそうな店が目に飛び込んだ。
2階にカフェのマークが見える。
一階は八百屋になっているようだった。
二階のカフェへ上がっていこうと思った矢先、脇に別のレストランがあるのが見えた。
カフェでは軽食しか提供されていない可能性もある。
だからきちんとした食事がしたいと思い、こちらに入店する事に決めた。
休憩
階段を降りて中に入ると、豪華絢爛と言った風の特別な空間が広がっていた。
ソファもカラフルで洒落ているし、壁の装飾も凝っている。
何だかすごいところに来てしまった。
金魚鉢の金魚は2匹いる内の1匹は白地にグレーという珍しい柄をしている。
もっともイランで鉢入りの金魚を見るとは思わなかった。
マトンを注文したのだけど一切臭みがないのには驚いた。
サフランライスと一緒に食べるのも、これぞペルシャ料理という感じがして楽しめた。
撮ろうかと言って店員の女性が好意で写真を撮ってくれた。
ゆっくり食事をしていたら四時を回ってしまい、どこの観光スポットももうすぐ閉館してしまう時間になってしまった。
本当はレストランなんかに入らずに観光を優先しようかとも思ったのだけど、今回はしっかり食事をして心身をリフレッシュさせる事の方を選んだ。
スタンプラリーに必死になったような旅にはしたくなかったし、博物館のようなところをフラフラになって見物しても仕方ないと思ったからだ。
しかしどこへも行けないのもそれはそれでつまらない。
そう思って調べていると、どうやらAzadi Towerという場所なら開いている可能性もある事が判った。
可能性もあるというのは、まず持っている旅行ガイドには17:00 閉館とあるが、ネットには17:00閉館と18:00閉館の情報が混在しているような状態だった。
まあ閉まっていたところで遠くから塔自体を眺める事位はできるだろうと思い、タクシーで向かう事にした。
Azadi Towerへ
あいにく渋滞にはまってしまったが1時間近くでタワーに着く事はできた。
タクシーを降りて車道の車の間を通り抜け、どこかにあるはずのエントランスを探して必死になって息を切らし切らし駆けて行く。
タワーは周りを360度広々とした芝地に囲まれるようにして建っていた。
外観は主張の強いデザインで迫力がある。
高度な文明による他を圧倒するような気風のどことなく宇宙をイメージさせるような建物という感じがする。
表面はイランのイスファハンで採掘された大理石で覆われている。
マグニチュード7クラスの地震にも耐え得る頑丈な造りになっているらしい。
高さ45メートルのテヘランを象徴するタワー。
せっかくなので歴史的な事も少し書いておく事にする。
Azadi towerはペルシア帝国建国2500年を記念して国王の象徴として1969年に建設が始まり、1971年に完成している。
完成後7年経ってImam Khomeiniの主導したイラン革命によってそれまで独裁国家だったイランが共和国になった事で塔の名前はShahyad Tower(王の記憶)からAzadi tower(自由の塔という意味)という自由のシンボルとして改名されたようだ。
エントランスに着いて受け付けを訪ねると幸いな事にはまだタワーは営業中のようだった。
チケットを買って中へと進む。
ちょっとした展示コーナーやミュージアム、土産物屋、展望台があった。
入館したのが17:42だったから残されているのは18分足らずしかなかったが順に見て回った。
石炭の展示
イランの石油埋蔵量は世界第三位のようだ。(天然ガスは世界第二位)
日本はイランから多くの原油を輸入しており、1960年代に急上昇した輸入量の割合は1970年には輸入国全体の40%を超えていた。
オイルマネーの恩恵
なんて適役な写真なんだろうと少し笑ってしまう。
奥へと進むと薄暗い不思議な雰囲気のエリアになっていた。
1960年代のイランを再現した発電所、石油精製所、湖、Azadi tower等の模型が並んでいる。
建築段階のAadi towerの写真。
完成迄に2年半近くを要したらしい。
その位の期間で竣工できるのは随分早いようにも思える。
食器の展示
ブルーとゴールドで格式高い雰囲気がある。
近寄ってみるとAzadi towerがペイントされた新しい最近の食器で、歴史的なものではなさそうだった。
そうとしてもポットの蓋の取手や注ぎ口、ポットとカップの持ち手のデザイン等を見るとやっぱり凄い。
地下展示場
地下展示場のスペースには小さな土産物屋が2店あってどちらも大学生位の若い女性が一人で店番をしていた。
見たいものもあったけれど閉館が差し迫っているから急がないといけないと思い、店を後にしようと思ったところ、
Azadi towerの営業時間が20:00である事を教えてもらった。
6年前の旅行ガイドブックに書かれていた17:00よりも3時間も長い。
慌てる必要は全くなかった様だ。
色々なものを見せてもらった後、小鳥の置物を買う事に決めた。
荷物を増やしたくない中で何か1つ思い出にと思った中、この小鳥は箸置き程度の大きさでデザインも気に入ったのでとても良い買い物になった。
店番の女性の母親(Zeanab Mehrabi Zeinat)の作品らしい。
アーティストでヨーロッパで個展を開くこともある女性なのだそうだ。
45 toman (1ユーロちょっと位)だった。
この土産物屋では中国人の青年に出会った。
これまでテヘランではアジア人を一人も見かけなかったからとてもレアな事だった。
彼も旅行で来ているらしい。
中国ではビザの関係上、イランが渡航しやすい国の1つらしく、旅先としては人気があるそうだ。
最後に展望台へと上がって行く。
天井
展望台
展望台からの眺め。
芝地は歩道で隔てられて特徴的な形をしている。
タワーへと続く一本道と、ぐるりと周りを囲む車道のデザインも美しい。
遠くにMiliad towerが見える。
上から見下ろすと改めて建物の密集した大きな都市なんだという事が分かる。
遠くに山々が見えてどことなく神戸の街並みの様だ。
展望台を降りてタワーの中へと戻り、進路を先へと進んでいく。
イラン革命の主導者Imam Khomeini の写真と共にFreedom is Not Freeという言葉が掲げられている。
「自由はただでは引き換えられない、多くの犠牲や闘いの上に成り立つもの」とでも訳せば良いか。
短くて重い言葉だ。
ここにもピアノが置かれている。
イランでは博物館にピアノはつきものなのだろうか。
弾いているところを見てみたいものだ。
意外なものも目にした。
バーカウンターのような形式でコーヒーやお茶が提供されている。
奥の棚ではスナック、ジュース類が売られている。
イラン革命の写真の展示
これは何だろう。
いくら考えてもわかりそうにはなかった。
Azadi towerは夜にこそ美しい。
どこから見ても見入ってしまう。
夕方の顔とは全く違ったものに見える。
タワーの脚元では何かが売られているようだった。
スナックやマフィンのようなものの他にコーヒーがあったので頼む事にした。
黄色い棒はザラメを固めたようなもの。
こういうものは他国ではクリームや砂糖入りが多いけれどすっきりとしたブラックコーヒーで嬉しかった。
一杯 200,000 rls (50セント位)
Azadi towerに乾杯
とても立体的で見る方角によって色々な顔が見える。
いくら見ても見飽きない不思議な建築だ。
辺りは遮るものがなく広々としている。
こんな凄いものを前にして見物を終えたからと言ってすぐにここを離れるのは惜しい気持ちになり、タワーの見える芝地でゆっくりする事にした。
バックパックを下ろして芝に寝転びタワーを眺める。
空を眺め、遠くを眺め、またタワーを眺め、目を閉じる。
考えに耽る。
何も考えずにぼんやりする。
とにかく気が済むまでそうしていた。
気づけば1時間半程時が経っていた。
体も頭も軽くなっていた。
写真を撮って観光地を移動するだけでは意味がない。
こういう気ままな時間を過ごせた事が嬉しかった。
本当は他にも寄れる場所があったのだけどここでの時間が大切だったからやめにしてしまった。
こういう時間の楽しみ方は一人旅でしかできない贅沢だと思う。
さようならAzadi tower。
きっとテヘランに住んでいたら何度だってここへ来ていたと思う。
観光名所ではあるけれど人出がそう多い訳でもなく、大きな芝地の公園という感じでとても静かで落ち着く場所だった。
帰路
便利な事に地下鉄の駅がタワーの割と近くにあり、そのまま地下鉄に乗ってホテルに向かった。
車内で席に座っていると、手に持っていた旅行ガイド本を見た隣りの席の青年が話しかけてきた。
それは何?
日本語なの?
見せて!
日本語とペルシャ語はどちらが難しいの?
日本語には幾つのアルファベットがあるの?
これからどこへ行くの?
降りる駅もたまたま同じだった。
地下鉄を降りて共にに地上へと上がって行く。
ホテルはどこ?
道はわかる?
何か困ったことはない?
最後までとにかく優しくて親切な青年だった。
テヘランでITエンジニアをしているらしい。
駅からホテルへの帰り道の途中、いつも素通りしていたケーキ屋に入ってみた。
たっぷりホイップクリームをのせた甘そうなケーキがショーケースにずらりと並んでいる。
色々と物色した結果、量り売りのナッツを買うことにした。
ほんの少しでいいからと頼み、店員の男性も分かったと言って納得したのだけど大きな紙袋にシャベルで2、3キロ近く放り込もうとされてしまう。
慌てて静止し、どうにか300g位に落ち着けてもらった。
まあ通常はこういうものなら誰しもキロ単位で買うものなのだろう。
店内の写真を撮らせてもらっていると、これも撮りなよとサフランか何かを差し出された。
言われた通り撮ると嬉しそうににこにこと満面の笑みを返してくれる。
純真な子供のような大人達の姿が今日も不慣れな旅人の心をほころばせてくれる。
最後に親しくなったホテルスタッフの青年にとシュークリームも追加で買って店を後にした。
続く